えーAV女優なんかでえらい可愛らしい子に出くわしたりすると、グッとくる前に思わず「なんでそんなことになってしもたのよ…」とか妙に悲しい気分になってしまう今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。ええ、順調に老化してますよ、ええ。
で、今日はこれ。何もかも間違ってる気がする。なんでそんなことになってしもたのよ…。
とりあえずうさんは見とけ。
えーAV女優なんかでえらい可愛らしい子に出くわしたりすると、グッとくる前に思わず「なんでそんなことになってしもたのよ…」とか妙に悲しい気分になってしまう今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。ええ、順調に老化してますよ、ええ。
で、今日はこれ。何もかも間違ってる気がする。なんでそんなことになってしもたのよ…。
とりあえずうさんは見とけ。
手元に保存してあるmpegファイルのタイムスタンプは2002年。
どうやら向こうのその筋では有名人のようですが、そんなの知らない人間(私含む)から見ればただのデブが踊るムービー。でも、たまーにサーバから引っ張り出してきて観てる。
しらっとした空気の中から始まり、ワンモーションで流れが変わる中盤、そこからグイグイと盛り上がっていって、最後には観客と一体化する。たかだか2分弱のムービーに満ちあふれる多幸感。
ちょっと落ち込み気味な時に観ると、ちょっとだけ救われます。ありがとう、Mr.Wendell。
最近の超ホットアイテム、黒豆甘納豆。
穏やかな甘さと固すぎず柔らかすぎずの絶妙な食感に癒されまくります。
癒されすぎて気が付くと小袋4個くらい一気に逝ってしまいます。
今まで生きてきた中でもこんな勢いで甘納豆を食べているのは記憶にありません。ヤバいです。
ネットで探すととんでもない高級品(80gで?1,000-とか)ばっかりヒットしますが、写真のコレはお手頃プライスながらもナイステイスト。でん六さん、GJ!!
欠点は入手性がよろしくないこと。購買ルートの早急な開拓が目下の課題です。
しかし、自分で甘納豆を買ってまで食べる日がやってこようとは…。
ガッキーの可愛さは現役バリバリが放つ一撃必殺のストレートみたいな感じ。
当たれば間違いなく一発で倒れるんだろうけど、当たらなければどうということもなし。
夏帆の可愛さはベテランの放つ老獪なボディブローみたいな感じ。
一発や二発くらいじゃ効かないんだけど、そのまま喰らい続けてるといきなり足が動かなくなってアウトみたいな。
要するに、夏帆かわいいよ夏帆、ということで。

“調べる技術・書く技術 (講談社現代新書 1940)” (野村 進)
ノンフィクションライターとしての「調べて書く」技術についての本ですが、そんな括りは関係なく仕事をする人全般に向けた実用書。
テーマの決め方から資料集め、インタビュー、そしてそれを一つの記事に仕上げるまで、実戦で培われたいろんなテクニックが出てきますが、その真ん中を貫くのは「好奇心を持つこと」「とことん調べること」「誠実であること」。シンプルだけど普遍的。タメになります。
圧巻は後半の第六章から。それまでの内容を踏まえて著者が記した短編ノンフィクションを読み、その制作過程を解説する。これがもうものすごい吸引力。 純粋に読み物としておもしろいんだもの。プロの凄みにゾクゾクします。
人に会い、話を聞き、文章にする。たくさん読み、たくさん観、たくさん聴く。こんなことを繰り返すうち、知らず知らずに自分が豊かになっている。多少なりとも、ましな人間になっている。傍目にはどう映ろうとも、自分自身にはそうした実感がある。
こんな風に言えるような人間になりたいもんですなぁ。
love the worldのカップリング曲。君たちどこ行くのよ。
冒頭から破壊力抜群、聴き始めたらガンガン回る地獄の6分30秒。
しかもCDにはextended mixを収録。素晴らしすぎて泣けてくる。
ノキア、Symbian買収で、iPhoneやAndroid対抗の新プラットフォーム普及を視野に
Nokiaが動いた。これでガッツリ三つ巴。
Google/Linux vs Apple/iPhone vs Nokia/Symbianですか。
Nokiaはネットの向こう側をどうするかが命運を分けそうな感じ。
Googleは端末はないけど向こう側に資産を山ほど持ってるし、Appleは実際に向こう側を自前で囲い込むビジネスをやってみせようとしてる。果たしてNokiaがどこまで追いつけるか。ちょっと楽しみ。
で、思ったんだけど、Microsoftってすっかり蚊帳の外だね。
なんだろう、なんか懐かしい感じ。繰り返してるとジワジワとくる。
今回もPVの出来は出色。いいぞいいぞ〜。
(youtubeはあっさり消されたようなので貼り直し。)
(pv貼るだけじゃ申し訳ないのでamazonのリンクも。もちろん予約済み。)
タイトルだけを見れば「障害のある人たちががんばる話なんだろうなぁ」みたいなイメージですが、読めばそれがとんでもない誤解だということに気づかされます。?
障害者雇用だとかノーマライゼーションだとか、障害を持つ人の社会参加について、私らは言葉に出しこそしないけれども「程度にもよるんだろうけど、正直難しいんじゃないの」とか思っているわけですよね。ましてやそれが「知的障害」ってなことになると「ぶっちゃけ無理なんじゃないの」と。
この本の著者はまさにその「知的障害」を持つ人がメインとなって働く会社を立ち上げたわけですが、冒頭で出てくるのはそんな人たちがパソコンを使って日常業務を行っているという話。それはさぞかし大変な苦労やら何やらがあるのだろうなぁ、と読み進めていくと、おや?となる。
確かに知的障害ゆえの苦労もあり、その中から発見もある。でも基本的な部分は正直意外といっていいほど普通のことばかりなんだよね、これ。
見事に普通しか言いようのない話じゃないですか。
むしろ今時これに真正直に取り組む会社の方が少ないくらいじゃない?
じゃあ一体何が違うのか?
それは「とことん向き合う」ということ。
?最初に書いたように、私らは「知的障害」というラベルを見た瞬間に「ぶっちゃけ無理なんじゃないの」と考える。それって要は本人を見もせずにラベルだけ見て思考停止してるんじゃないのかと。
入社以来ずっと人事畑を歩んできた、人事のスペシャリストである著者はそれをしない。評価の対象はあくまで本人自身であって、 それ以外の要素は二の次なんだと。
冒頭のパソコンを使う業務の話にしても、工具を使う作業にどうしても馴染めなかった社員にコンピュータスキルの可能性を見いだして、実際にそれを試してみたことから生まれたもので、思考停止している私らみたいな人間であれば「PCって、そりゃいくらなんでも無理でしょうよ」としかならないだろうなぁ、と。
偏見を持たず、憶測に頼らず、ただただ目の前の人間を見て、その人間の力を理解し、そして信じる。?著者の考え方はすっごいシンプルで、そこには障害者雇用だのノーマライゼーションだのといったお題目は何の意味もない。
著者はそんなお題目に囚われて、目の前の人間を見ることもなく思考停止している人が如何に多いかということを切々と語っている。
養護学校や職業訓練センターの職員、障害者雇用の主体である企業の人事担当者、そして両親。日々障害者に接する人たちの中にも少なからず思い込みや偏見があり、それが障害者自身の可能性を殺してるんじゃないのか、と。
ここまで読んで気が付いたんですよ。
あぁ、この「チャレンジする心」って、私らにも言ってるのか、と。
就労経験の無い人間が仕事に就くという事がチャレンジだというのは言わんでも判る話な訳で、実際に彼らはチャレンジしてる。むしろチャレンジしてないのはそれに対して理解する努力をしない私らなんじゃねーのかと。
偏見を持たず、憶測に頼らず、ただただ目の前の人間を見て、その人間の力を理解し、そして信じる。それにチャレンジすべきは私らなんですよ、と。?
腑に落ちた瞬間にガツンと来ましたよ。
しかもこれって、突き詰めれば対人関係における普遍的な話なんですよ。
相手が障害者かどうかなんて関係ない。あんた、ちゃんと人と向き合ってんの?って。?
長々と書きましたが、障害者に接する機会がある人もない人も、一遍読んでみることをお勧めします。
いい本ですよ、これ。