今日の映画:オアシス

前回に引き続き、今日は「オアシス」を鑑賞。

うーん、話には聞いていたけど、これは精神状態が良くないと序盤で挫けるだろうなぁ。なんとか最後まで観たけれども、これはヘヴィだわ。
本筋だけ辿れば社会からつまはじきにされた男と女が惹かれ合い、そしてはじき出された者であるがゆえに引き裂かれるというベタなラブストーリーなんだけど、そこで用意された障害が「障害者」というのは正直度胸あるなぁと思った。

ヒロインのコンジュ(ムン・ソリ)は脳性麻痺ということで四肢はもとより会話も不自由なわけですが、ムン・ソリの演技はただただ凄まじい。こういう言い方は差し障りがあるかもしれないけど、あまりにもナチュラルに脳性麻痺の女性を演じきっている。事前に予備知識があろうとなかろうと、彼女が初めて画面にその全身を現した瞬間に何の衝撃を受けない人間なんていないんじゃなかろうか。
一方相手役のジョンドゥ(ソル・ギョング)は分別に欠け落ち着きのない刑務所帰りの男。ソル・ギョングの演技からはそんなジョンドゥの悪気の無さ、というか他人を慮る感情の欠如がありありと感じられる。本編において終始一貫して自らの感情によって行動し続けた彼の姿は、私にはコンジュ以上に切なかったです。たぶん彼自身も何らかの問題を抱えていたのではなかろうか、そしてコンジュと違ってそれを見過ごされてきたのではなかろうか、と。

そんな2人は周囲から様々な偏見にさらされ、そして様々な差別を受けるわけだけれど、イ・チャンドン監督はとかく障害者ものでありがちなウェットな展開に陥らず、2人とそれを取り囲む人間を淡々と事細かに描写していく。
この描写がなんとも心に痛い。声高に弱者を擁護するような描写をことごとく排除し、ただただ観ている者に「口に出しこそしないけれども、正直みんなそう思ってるよな」という現実を突きつけていく。観ている側は提示された現実を前にして自問自答をさせられ、そして何とも気まずい気分にさせられていく。
主人公の2人に対しても同様に、ベタなラブストーリーでありがちな偶然や奇跡を一切排除し、コンジュの願望すらただの妄想として現実から切り離してしまう。妄想の中でコンジュは障害を持たない身体になり、現実に戻ると身体も元に戻る。この切り替わりをイ・チャンドンは長回しの1カット(ムン・ソリはシームレスに現実と妄想を演じ変えてみせる)で見せる。1カットのうちに唐突に切り替わる妄想と現実のギャップは、観ている側に絶対に覆ることのない現実の冷酷さを問答無用で見せつける。これは観てるとほんとベコベコに凹みます。
終盤の下りはもはや露悪趣味とも取られかねないギリギリのシーンがあるんだけれど、それすら淡々と描写していく。しかもそれすら現実の前にはなんら報われない。誰一人自分の真意を汲み取ってくれる人間がいないという現実の前で、思うようにならない身体で暴れ回りながら声にならない叫びを上げて抵抗するコンジュの姿は、あまりにも悲しすぎて涙すら出ない。

これはもうテレビの障害者ドラマなんかとは比べものにならない重さ。泣ける純愛映画のつもりで観たらトラウマになって絶対後悔するだろうなぁ。だって泣けないし。泣けるとしたら、本編を見終えた後に改めてジャケット写真を見たときくらいじゃなかろうか。

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